2011年5月 1日

止まった時間

 宮城のおじさんもおばさんも無事でした。命は。家というかその集落ごと消えてしまったという感じです。

 私は東京生まれ、東京育ちなので、故郷とかふる里とか田舎とか、親戚づきあいもあまりしない父親なので、本当にそういう概念が殆どないのですが、唯一あったといえば、そのおじさんとおばさんの家だったと思います。ここだけは、父方で唯一交流があった親戚で、私も子供の頃から、泊まりがけで遊びに行っていましたし、blogをご覧になって解る通り、海を愛する人間なので、本当に小さな漁村なのですが、行くとホッとする。唯一帰れる場所と思っていました。

 Googleアースで、画像を見た時はかなりの衝撃でした。海を眺めてボーッとした時間。釣り糸を垂れた時間。定置網を上げるのに参加させて貰ったり。おじさんの仕掛けた刺し網を上げに行ったり。沖の岩礁に上陸しようとして、バランスを崩して長靴が浸水したり。
 狭い路地に立ち並ぶ家々。沢のせせらぎ。波の砕ける音。そして、深い夜の闇と、波の音がより強調する静寂。数多の思い出は、更地とかしていたのですから。

 津波という災害は最も恐ろしいと考えていました。地震等の災害は、ある程度対策を高じる事により、被害を最小限に抑える事が出来るかもしれません。しか し津波というもの――水というものの力は、人間が想像するよりも遙かに強く、そして恐ろしい。木造の家が流されるのは解るのですが、鉄骨造の建物ですら大 きく破壊されている。建築という仕事に携わる身であり、津波の恐ろしさも常々感じていたにも関わらず、その破壊力の凄まじさに驚嘆し、しかもその凄まじさ は想像を超えるものでした。
 その凄まじさ故に感じる無力感。どこにぶつけていいのか解らない怒り。そこに住んでいる訳でもない私ですらそれを感じる。そこで生まれ育った、おじさんやおばさん達の思いは計り知れません。
 宮城まで、一度会いに行きました。本人達は、非常に明るく振る舞っていましたが、いざ地震、津波の話になったときの変化。一番大きく感じたのは、ぶつけようのない怒りだったように感じました。それも尋常じゃない位の。
 そういう生の感情を目の当たりにすると、自らの保身ばかり考える生ぬるい政治家達は、即刻首を吊るべきだと思ってしまいます。原発の問題も勿論重要なのですが、原発事故よりも津波で家や家族を失った人のほうが圧倒的に多いのですから。


 あの日以来、暫く海には行けませんでした。でも今はまた海に行っています。今まで通り、通常の生活を送る事こそが、経済の安定に繋がり、それはやがて復興へと繋がる。ありきたりな考えではあるかもしれませんが、それこそが、被害を受けなかった我々の勤め。
 しかし、海に対する恐怖という物は拭いきれません。海に行くたびに、もし今大きな地震が来て、大津波警報が発令されたら。常にそれは頭を過ぎります。何処に行っても、何処に行けば標高が高いのか、どの移動手段で逃げれば最も早いのか。でもそれは、本来考えておかなければならなかった事かもしれませんので、今更かもしれませんが、反省しなければ猿以下ですので、教訓と呼ぶにはあまりにも大きすぎる代償ですが、海を愛する物として、他人に余計な迷惑を掛けない為にも、より安全に気を配らなくてはならないと思います。

 しかし、津波という被害から身を守るのは、本当に難しいと感じました。三陸の人達は、津波に対する備え、危機感という物が、他の地域の人達に比べたら、相当強かったと思います。それでも尚、これだけの被害を出してしまった。
 おじさんとおばさんが助かったのは、本当にすぐ逃げたからだそうです。おばさんは裏山に逃げようとしたそうなのですが、より心配性のおじさんは、そんな所じゃ駄目だと、車でより高台に逃げたそうです。裏山は水没。やはり逃げるならば、本気で逃げなくてはならない。しかし、地形的に逃げ切れなかった人も多いのではないかと思います。地震が来て、本当にすぐ津波が来たそうなので――ニュース映像などでは30分くらいだったと思いますが、大地震が来た後の30分など、体感的には一瞬でしょう――例えるならば朝出かける前の30分は本当に一瞬で過ぎますが、それ以上と考えていいでしょう――その中で、何処まで冷静に安全な所まで逃げ切れるか――おじさんもおばさんも、取る物とらず、財布すら持たず、とにかくすぐ逃げたそうです。逆に逃げる準備をして逃げた人は、多くの人が犠牲になっています。

・その地域の最も標高の高い場所を常に確認しておく。
・逃げ切れると思われる位置に、充分な高さの高台がない場合は、木造でも鉄骨蔵でもなく、鉄筋コンクリート造の高い建物をよく把握しておく。
・準備をしている時間はないので、とにかくすぐに避難を開始する。

 日本という国において、三陸以上に津波に対する警戒をしている地域はないと思います――もしかしたら東海地方等にはあるかもしれませんが、それもごく少数かと思います――最大の備えをしていたといって間違いない、三陸ですらこれだけの被害者を出してしまった。前述したとおり、教訓と呼ぶには、あまりにも大きすぎる被害ですが、これから学ばずしていつ学ぶのか。
 海の側に住む人達はもちろんの事、海を愛する我々のような人間達も含め、常に危機意識を持って行動していかなければならないと思います。

 勿論、津波に限らず、水という物は本当に怖い物ですので、台風、高波、海に限らず川の増水。池やプールだって水の危険はいくらでも潜んでいる。今水のレジャーで死ぬのは本当に馬鹿です。だから、本気で考えて欲しいと思います。

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